弁護士監修記事

認知症で財産を失って侘しい老後にならぬように家族信託で備える方法

「家族信託」をご存知でしょうか?新しい資産承継の方法として注目されています。

「信託」というと、一般の方は、「投資信託」や「信託銀行」しか聞いたことがなく、皆目イメージがわかないことでしょう。

そこで、ここでは具体例をつかって、家族信託についてご説明します。

 

最初に、例とする家族に登場してもらいましょう。

夫:阿部タロウ(70歳)妻:アキ子(65歳) 長男:新太郎(45歳)

長女:シン子(40歳)

阿部タロウさんは、妻と二人暮らしです。自宅とその隣にある10世帯の賃貸アパートを所有しています。自宅もアパートも、タロウさんが会社員時代にローンで建てたものです。定年後の今では、ローンも返済が終わり、アパートの家賃収入と年金で悠々自適の生活です。長男新太郎さんと長女シン子さんは、それぞれ結婚して別の街に住んでいます。時々、孫たちが遊びに来ることが一番の楽しみです。

何不自由ないタロウさん夫妻のようですが、悩みがひとつありました。どうも最近、物忘れがひどいのです。時々、自分が今何をしていたのか忘れてしまうことさえあります。

まさか自分が認知症?もしも症状が進行したら、アパートの管理も難しくなるかもしれない。このあたりで息子にあとを任せるべきかも知れない。でも、具体的にどんな方法を取ればよいのだろう?

タロウさんの資産(例えば賃貸アパート)を「信託財産」として、長男新太郎さんに「信託する」ことがひとつの方法です。

[ご注意]
記事は、執筆日時点における法令等に基づき解説されています。
執筆後に法令の改正等があった場合、記事の内容が古くなってしまう場合がございます。
法的手続等を行う際は、弁護士、税理士その他の専門家に最新の法令等について確認することをお勧めします。

家族信託とは何?

「家族信託」とは、信託法という法律を利用して、資産を信頼する家族に「信託」して、財産管理と資産承継を行う方法です。

なお、「民事信託」、「商事信託」という言葉があります。これは法律用語で、信託銀行に財産を信託するような営利目的の信託を商事信託といい、それ以外の信託を民事信託といいます。したがって、家族信託は民事信託のひとつに分類されます。

そもそも「信託」とは?

信託するとはどういう意味?

「信託する」とは、財産の所有者が、信頼できる人に財産を渡し 、その人に管理・活用して利益をあげてもらい、その利益を所有者が指定した人に渡してもらうという行為をいいます。このような財産の活用方法を定めているのが「信託法」です。

家族信託の実際は?

タロウさんが賃貸アパートを新太郎さんに信託するケースで、家族信託の実際を説明しましょう。

l  まず信託の目的を決めます。賃貸アパートの家賃収益をあげて、毎月、タロウさんに渡すことです。

l  タロウさんと新太郎さんの間で信託契約書(※)を作ります(信託契約書の内容はあとで説明します)。

l  賃貸アパートの名義を新太郎さんに移転登記します。

l  新太郎さんは、賃貸アパートの管理や賃借人とのやり取りをします。受け取った家賃はタロウさんに渡しますが、賃貸借契約の貸主は新太郎さんとなります。部屋が空いてしまったら、借手を探して、新たに賃貸借契約を結びます。アパートの修繕なども行います。

タロウさんを「委託者」、新太郎さんを「受託者」といいます。そして利益を受けとる者は「受益者」といいますが、委託者は受益者を兼ねることもできますので、タロウさんは「委託者」兼「受益者」です。

タロウさんが生きている間は家賃をタロウさんに渡してもらい、タロウさんの死後はアキ子さんに渡してもらうと決めることも可能です。この場合はアキ子さんが「受益者」となるわけです。

(※)ここでは、タロウさんと新太郎さんが信託契約書を作成するケースを説明しましたが、信託は、遺言でも可能です。たとえば、タロウさんが遺言書の中に、賃貸アパートを信託財産とすること、新太郎さんが承継すること、家賃はアキ子さんに渡すことなどの信託に関する事項を記載しておくのです。なお、この場合は、タロウさんは受託者となることを引き受けるかどうかを選択することが可能です(信託法第5条2項)。

信託の受託者には忠実義務がある

新太郎さんに賃貸アパートの名義を渡してしまうと、新太郎さんが家賃を使ってしまったり、賃貸アパートを売ってしまったりする危険はないでしょうか。

このような事態を防止するのが、信託法が定める忠実義務です。

一般に、他人の財産を管理する者は、善良なる管理者の注意義務が要求されますが、信託の受託者は、さらに強い忠実義務が要求されています。これは財産管理によって受益者の利益を図らなくてはならず、受託者や第三者の利益を図ることは禁止されるという義務です。

この忠実義務が具体化された信託法の内容は、次のとおりです。

l  委託者と受託者の利益が相反する行為は禁止される(利益相反とは、たとえば、新太郎さん自身が賃貸アパートの借主となって、家賃を安く設置してしまうように、タロウさんと新太郎さんの利害が相反してしまう行為をいいます)

l  義務違反によって生じた損害は補てんし、信託財産に生じた変更は原状回復する責任を負う

l  義務違反行為によって受託者が得た利益は、委託者の損害と推定する(これは新太郎さんが違反行為によって何らかの利益を得ていた場合は、それ自体をタロウさんの損害と推定されて、利益を全部、タロウさんに渡さなくてはならなくなる場合もあるということです)

l  義務違反行為に対しては受益者が取消権と事前の差止請求権を持つ

信託財産の「独立性」と「倒産隔離機能」

賃貸アパートを新太郎さんの名義にしてしまうと、もしも新太郎さんに借金があって返済できない場合、アパートを差押えられてしまうのではないでしょうか?

信託財産の名義は、委託者から受託者に移転します。しかし信託財産は、法的には、受託者の財産(固有財産)とは区別された、別個独立のものと扱われます。これを「信託財産の独立性」といいます。ここが単なる所有権の譲渡と異なる信託の特色といえます。

このため新太郎さんの債権者は信託財産を差し押さえることはできません。また万一、新太郎さんが破産しても管財人が信託財産を処分して配当することはできません。これを「信託の倒産隔離機能」といいます。

したがって、タロウさんは、新太郎さんに借金があっても、安心して賃貸アパートを信託できるわけです。

しかも、この「信託財産の独立性」は、新太郎さんの財産からの独立だけでなく、タロウさんの財産からの独立も意味します。信託財産とした以上、タロウさんの債権者も賃貸アパートを差し押さえることはできませんし、万一、タロウさんが破産したとしても、管財人によって賃貸アパートを処分されてしまうことはないのです。つまり、信託財産は、タロウさんのものでも、新太郎さんのものでもない、両方から独立した存在となるのです(もっともタロウさんが債務超過となっている場合に、差押えを逃れるために信託契約を締結したような場合には、債権者を害する行為として信託契約が取消される可能性がはあります。)。

家族信託のメリット

柔軟な財産活用ができる

成年後見制度を利用して、新太郎さんがタロウさんの成年後見人となった場合、賃貸アパートの収益は、タロウさんの生活と資産の維持だけにしか使うことが許されなくなります。タロウさんが、家賃を孫の進学資金にしてやりたいと思っても、家庭裁判所は許可しませんから許されません。成年後見制度では、柔軟な財産活用は不可能です。家族信託なら、そんな制約はありません。

遺言の代わりに活用できる

家族信託で資産の承継者を決めてしまえば、遺言を残す必要がありません。たとえば全財産を家族信託にしてしまえば、遺産分割は不要ですから相続争いを防止できます。

二次相続対策

遺言では、タロウさんの死亡時(一次相続)に遺産をアキ子さんに相続させるよう定めることができますが、アキ子さんの死亡時(二次相続)に遺産を相続する者を定めることまではできません。他の人の相続に口を出すころはできないのです。

しかし、家族信託ならば二次相続対策も可能です。たとえば、タロウさんは、自分が死亡した後はアキ子さんが受益者となると定めておくことができますが、さらにアキ子さんが死亡したときには、シン子さんが受益者となると指定しておくこともできます。これを受益者連続信託といいます。

受託者の権限濫用を防止できる

遺産による資産承継では、相続した遺産をどう処分しようと相続人した者の自由です。たとえば新太郎さんは、タロウさんの死後、相続したアパートを売ってしまうかも知れません。

他方、家族信託では、受託者には忠実義務があり、勝手なことはできません。権限の濫用を防止できるのです。さらには、念のために受託者を監督する役割の「信託監督人」を定めることもできます。

公的機関、裁判所の関与がない

成年後見を利用するには、裁判所や公証役場に手続きを委ねなくてはなりません。それなりの費用もかかってしまいます。

他方、家族信託は、当事者の信託契約書や自筆証書遺言で行うことができますので、まさに家族だけで行うことも不可能ではありません(遺言書の書き方については「遺言書の書き方をケースに応じた9つの例文でわかりやすく簡単に説明」参照)。

費用がかからない

成年後見人を選任してもらう場合、身内の誰が適任かの意見が一致しない場合や管理する財産が高額になる場合など、裁判所は弁護士や司法書士を後見人に選任する可能性があります。すると本人の財産から、定期的に成年後見人の報酬がとられてしまうので、財産が目減りします。しかも、認知症などの場合は、本人が亡くなるまで、ずっと報酬がとられ続けることになるのです。

これに対して、家族信託であれば、そのような費用はかからないので、資産が目減りすることはありません。

家族信託のデメリット

身上監護の義務と権限がない

成年後見人には、本人の住居の確保や、施設への入退所の手続、入院通院の手続などを行う身上監護の義務と権限があります。

家族信託の受託者には、このような権限はありません。仮に本人の判断能力が失われてから、本人名義での入退所契約を結ばなくてはならない事態が生じると、成年後見人を選任してもらうことが必要となってしまいます。

遺留分の制約は受ける

家族信託でも、法定相続人の遺留分を侵害することはできません。たとえば、タロウさんが亡くなったときの法定相続人は、アキ子さん、新太郎さん、シン子さんで、法定相続分はアキ子さん2分の1、新太郎さん4分の1、シン子さん4分の1です。3人には、それぞれ法定相続分の半分の遺留分が保障されています。

タロウさんが亡くなった際に家族信託の受益者をアキ子さんとすることによって、シン子さんが相続する財産が遺産(アキ子さんに移転した受益権を含む総額)の8分の1に足りなければ、シン子さんの遺留分を侵害する場合があります(ただし受益権をいくらと評価するかは難しい問題です。)。

このように遺留分を侵害しそうな場合は法定相続人全員の納得を得ておく必要があります。

納得を得ないまま家族信託を行うと、たとえば、タロウさんの死後、シン子さんから受益者であるアキ子さんに対して遺留分減殺請求が行なわれ、アキ子さんがシン子さんの遺留分に相当する金銭を支払ったりしなくてはならない場合が考えられます。そうなると、タロウさんの計画どおりにゆかなくなり、資産のスムーズな管理運用が阻害されてしまう危険があります。

節税効果がない

家族信託では利益を得るのは受益者ですから、委託者から受益者への贈与と扱われ、贈与税が課税されます。委託者であるタロウさんが受益者を兼ねている場合は、贈与税はかかりません。しかし、タロウさんの死後、アキ子さんに受益者が変更すると、変更後の受益者への贈与となり、贈与税がかかります。したがって、節税にはなりません(贈与税ではなく相続税がかされるという見解もあり、その場合は節税効果が生じえます。) 。

不動産登記が必要

家族信託は、資産の名義を受託者に移すので、不動産は移転登記が必要です。未登記のうちは、信託財産であることを第三者に主張できませんので、委託者の債権者から、不動産を差し押さえられる危険があります。

弁護士、司法書士は受託者に就任できない

成年後見人は弁護士や司法書士に任せることができます。しかし、株式会社以外が営利目的で業務として信託の受託者となることは禁止されているので、弁護士や司法書士は受託者にはなれません。

ただし、家族信託で家族を受託者とし、弁護士を受託者の代理人とすることは法律で禁止されませんので、新太郎さんが実際の賃貸アパートの管理、運用などを弁護士に依頼することは可能です。

家族信託の利用を検討すべきケースと利用が向かないケース

家族信託の利用を検討するべきケース

次に当てはまる方は、家族信託を利用することを検討されるべきです。

l  資産の維持にとどまらず、積極的な運用・活用が希望だ。

l  能力も信頼性もある頼もしい家族に資産を承継させたい。

l  家族以外の第三者には資産管理を任せたくない。

l  裁判所、公証役場などを通さず、家族だけで資産承継の方策をとりたい。

l  資産承継は、元気なうちに済ませておきたい。

l  自分の相続だけでなく、自分の妻(または夫)が亡くなったときの二次相続のときに資産を承継する家族も決めておきたい。

l  自分の大切な財産が、自分の死後、相続人に処分されてしまうのは嫌だ。

l  家族が借金を抱えており、自分が残した遺産が、債権者に取られてしまうのではないか心配だ。

l  円満な家庭なので、家族信託について法定相続人である家族が賛成してくれる見込みが十分ある。

家族信託の利用が向かないケース

次に当てはまる方は、家族信託の利用は向きません。

l  家族であっても信頼できる者がいない。

l  自分のために資産を維持してくれるだけで十分である。

l  生きているうちに不動産の名義を移すことには抵抗がある。

l  今の時点で、すでに判断能力に問題があり、後で信託契約自体が無効とされる危険がある。

l  誰が資産を承継するかは、子どもたちの話し合いに委ねたい。

l  子どもたちの仲が円満とはいえないので、後に遺留分の主張をされる危険を否定できない。

家族信託のやり方

家族信託契約書又は遺言の内容と書式

家族信託は、契約書か遺言書のどちらかで行います。どちらも記載するべき内容は、たとえば次のとおりです。

・  委託者(タロウ)の住所氏名

・  受託者(新太郎)の住所氏名

・  受益者(タロウ)の住所氏名(タロウの死後、アキ子とする場合はアキ子も)

・  信託する財産(賃貸アパート)の内容

・  信託する財産を委託者(タロウ)から受託者(新太郎)に譲渡すること。

・  信託の目的(賃貸アパートの家賃収益をタロウの生活費に充てる。タロウの死後はアキ子の生活費に充てる)

・  受託者は、信託された財産に対し、信託の目的を達成するために必要な行為を行うこと(アパートを管理し、賃貸契約により収益をあげること)

これらの各点が明記されていれば家族信託が成立します。

不動産の登記

信託財産が不動産のときは移転登記が必要です。委託者名義の登記のままですと、委託者の債権者に対して倒産隔離機能を主張できないので、必ず登記するべきです。

家族信託の費用

家族信託の信託契約書や遺言書を自分で作成するときは費用がかかりません。

信託財産が不動産のときは登記費用(司法書士手数料と登録免許税)が必要です。

登録免許税は、土地の価格(固定資産税評価額)の0.3%、建物の価格の0.4%です (ただし信託設定時の登録免許税には特例が適用される場合がありますので詳細は税理士等の専門家にご確認ください)。

司法書士の手数料はオープン価格なので、司法書士毎により異なりますが、数万円程度が相場です。

万全を期して、信託契約書を公正証書としたり、遺言書を公正証書遺言としたりするときは公証人の費用がかかります。

公証人の手数料は、信託財産の内容と経済的価値によって異なります。詳しくは、日本公証人連合会ウェブサイトのこちらのページをご参照下さい。

家族信託の相談先

家族信託は、自分たちで契約書や遺言書を作成することで実施できます。しかし、一般の方には、本当にそれで大丈夫か心配だと思います。家族信託は、家族という身内にだけ効力が及ぶのではなく、倒産隔離機能のように外部の人間との法律関係にも影響するものです。失敗しないよう、専門家のアドバイスを受けながら書類を作成するべきでしょう。弁護士、税理士、司法書士、公証役場が相談先になります。

特にさきほど説明したとおり、弁護士は受託者には就任できませんが、受託者の代理人として、事実上、受託者に代わって信託財産の管理運用を担当することができますので、慎重を期すならば、弁護士に相談しながら家族信託を進めるべきでしょう。

まとめ

家族信託は、全く新しい資産承継方法です。成年後見制度と違い、自由に内容を決めることができるので、今後、普及するのではないか、大いに期待されています。あなたの資産承継対策の候補に考えてみてはいかがでしょうか。

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